天然物ケミカルバイオロジー:分子標的と活性制御 - 文部科学省科学研究費補助金「新学術領域研究(研究領域提案型)」(平成23~27年)

植物毒フシコクシンから創る抗がん剤。その作用機序を解く

京都大学 化学研究所 准教授
大神田 淳子

フシコクシンとは

──大神田准教授は、公募班で「抗がん活性を有するフシコクシン誘導体の細胞内標的たんぱく質の解明」と題した研究を進めています。フシコクシンとは?

大神田:フシコクシンは、カビが産生するジテルペン配糖体で、植物を枯死させる作用を持つ植物毒として知られています。その機構は、たんぱく質間相互作用の安定化に基づくという大変興味深いものです。
水蒸気の放出などを行う気孔の開閉は、プロトンATPaseというたんぱく質によって制御されています。プロトンATPaseがリン酸化され、14-4-3というたんぱく質と結合することで、気孔が開きます。フシコクシンはプロトンATPaseと14-4-3の隙間に結合し、三者会合体を形成します。するとプロトンATPaseと14-4-3の結合が安定し、その結果、気孔が開きっぱなしになって植物が枯れてしまいます。三者会合体の結晶構造を見ると、あたかもジグソーパズルの3つのピースがうまく組み合わさっているかのようで、美しく完璧です。自然はいかにして天然物の複雑な構造を進化させ選択してきたのか、驚異的でもあります。
さらに興味深いことに、フシコクシン自体には顕著な抗がん活性は認められないものの、構造を改変した誘導体は、固形がんに対して増殖抑制効果を示すようになります。

▼植物由来14-3-3たんぱく質とプロトンATPaseのC末端リン酸化ペプチドとフシコクシンの三者会合体

コチレニンの構造を模倣する

──フシコクシンの構造をどのように改変すると、抗がん活性を持つようになるのですか。

大神田:1970年に山形大学の佐々武史先生が、やはりカビが産生するコチレニンという天然物を発見しました。コチレニンは、単剤で白血病細胞の分化を誘導するだけでなく、インターフェロンαとの併用で固形がんに対しても顕著な増殖抑制効果があることが分かり、有望な抗がん剤になると大きな期待が集まりました。しかしその後、天然物を得るために行っていたカビの培養がうまくいかなくなり、コチレニンを入手することが不可能となってしまいました。

そこで注目されたのがフシコクシンです。フシコクシンの化学構造はコチレニンとよく似ています。化合物の構造と生物的学な機能は密接に関係していますから、フシコクシンの構造を有機合成的に改変してコチレニンの活性発現の鍵となっている構造を再現できれば、フシコクシンから抗がん剤を創ることができるだろうと期待されたのです。

──大神田准教授は、いつからフシコクシンの研究をされているのでしょうか。

大神田:私は2005年から、大阪大学産業科学研究所の加藤修雄先生の研究室に所属しました。加藤教授はフシコクシン類の全合成研究における第一人者です。研究室にはフシコクシンの大量生産系もあり、ケミカルバイオロジー研究を極めて有利に進められる環境にありました。グラムスケールで入手できるフシコクシンを使った半合成研究と構造活性相関研究の結果、ISIR-042という誘導体がヒトの細胞において抗がん活性を持つことが確かめられました。

▼フシコクシン、コチレニン、フシコクシン誘導体ISIR-042の構造

ISIR-042の標的たんぱく質Xを突き止める

──ISIR-042の抗がん剤としての可能性は?

大神田: ISIR-042は動物モデルで制がん効果を示したほか、低酸素状態に置かれたがん細胞の増殖を顕著に抑制するなどの興味深い生理活性が見いだされましたが、物性などに改善の余地があり、すぐには薬になりませんでした。また、作用機序も十分に解明されていませんでした。そこで、ISIR-042の抗がん活性の作用機序の解明に着手することにしました。
まず、ISIR-042がどのたんぱく質と結合して機能しているのか、標的たんぱく質を突き止める必要があります。そのために、ISIR-042を含む蛍光標識プローブを設計してがん細胞に作用させました。その結果、ISIR-042は14-3-3たんぱく質と結合していることが分かりました。

──フシコクシンも14-3-3たんぱく質に結合します。ヒトにも14-3-3があるのですね。

大神田:14-3-3は細胞のリン酸化信号伝達系を制御する大変重要なたんぱく質で、真核生物が普遍的に持っています。14-3-3は200種類を超えるたんぱく質と結合することも分かっています。
先に説明したように、フシコクシンは植物由来の14-3-3とプロトンATPaseとの三者会合体を形成します。このことを踏まえれば、「ISIR-042は、ヒトの14-3-3と何らかのたんぱく質と三者会合体を形成して特定の14-3-3の相互作用を増強している。これが抗がん活性の作用機序ではないか」という作業仮説が成り立ちます。そこで、その未知のたんぱく質Xの探索を続けてきました。

──たんぱく質Xの正体は?

大神田:タグ付き14-3-3を安定に発現する細胞株を作成し、共免疫沈降や分子プローブなどの手法を駆使して、ようやく最近、たんぱく質Xらしいものが捕捉されたことを支持するデータを得ました。現在、慎重に確認作業を行っているところです。細胞の代謝に関わる情報伝達系で重要な働きをしているたんぱく質のようですが、その機能も詳しく調べていく必要があります。

──大神田准教授は、ISIR-042発見当時は大阪大学でしたが、現在は京都大学化学研究所に所属しています。なぜ大学を移ったのですか。

大神田:私が現在所属している上杉志成教授の研究室は、標的たんぱく質探索のエキスパート集団です。ISIR-042の標的たんぱく質を見つけるにはこの研究室の技術が必要だと考え、2013年に移ってきました。私の専門は有機化学で、分子生物学と細胞生物学は素人でした。基本的な生物学実験手法を教えてもらうところから始める必要がありました。

──ISIR-042の標的たんぱく質を見つけることが、なぜそれほど重要なのでしょうか。

大神田:一つは、生物学的な興味です。ISIR-042を道具として、がん細胞の増殖機構や分化誘導を調節するリン酸化信号伝達系の詳細を明らかにできるかもしれません。もう一つは、ISIR-042に抗がん活性があっても、その作用機構が分からなければ薬にはならないからです。作用機序が分かれば、ほかの分子をターゲットにした新しい創薬の可能性も拓けると期待できます。

たんぱく質間相互作用を制御したい

──ほかにもフシコクシンを使った研究をされているそうですね。

大神田:たんぱく質間相互作用の阻害剤の研究を進めています。たんぱく質の多くは、ほかのたんぱく質と相互作用することでさまざまな情報伝達を行っており、それによって生命現象は維持されています。たんぱく質間相互作用は創薬の新しいターゲットとして注目されています。しかし、たんぱく質間相互作用の阻害剤の開発は、とても難しいのです。

──どういう点が難しいのでしょうか。

従来の薬の多くは、酵素をターゲットにしています。酵素の活性ポケットに結合する阻害剤は“ドラッグライク”(薬としての性質を備えている化合物群に使われる創薬の用語)な低分子化合物で創ることが可能です。しかし、たんぱく質間相互作用の場合、作用面が広くて浅く、低分子化合物が結合できるようなポケットがありません。低分子化合物では作用面に対して小さすぎるので、分子量600〜1万程度の中分子サイズの化合物が有効ですが、大きな化合物は一般には細胞膜を透過して細胞内に侵入することが難しい。たんぱく質間相互作用の阻害剤の設計は、そういうジレンマを抱えているのです。

部品集積法というオリジナル戦略

──たんぱく質間相互作用の阻害剤を実現するための戦略は?

大神田:部品集積法(モジュールアセンブリ)という方法を提唱しています。たんぱく質の広い作用面をいくつかのエリアに分けて、それぞれを認識する比較的低分子の化合物をデザインしておき、それらの部品を組み上げて中分子化合物を創るというものです。

──部品集積法の研究は最近、米国化学会速報誌(JACS)にも発表されていますね。具体的には、どのようなたんぱく質間相互作用の阻害剤なのでしょうか。

大神田:いくつかの系を研究していますが、その一つがフシコクシンを利用した14-3-3のたんぱく質間相互作用阻害剤です。部品は、フシコクシンにアルデヒド、14-3-3に結合するたんぱく質のペプチドにオキシアミノ基を導入したものを使います。細胞にそれらの部品を加えて培養したところ、14-3-3たんぱく質間相互作用の阻害に基づくと考えられる細胞増殖抑制活性が観察されました。
細胞を使った詳細な検討により、部品が細胞の中に取り込まれ、細胞内でアルデヒドとオキシアミノ酸の共有結合生成反応(ライゲーション)が起きて部品が組み上げられて作用したことを明らかにできました。あらかじめ化学的に部品を連結させた化合物を加えて培養した場合は、まったく活性を示しませんでした。おそらく化合物のサイズが大きく細胞膜透過性が制限された結果であると考えています。つまり、ライゲーションによって細胞内で化合物を発生させることが、活性には必要だということです。

▼たんぱく質間相互作用阻害剤の細胞内合成

──この14-3-3たんぱく質間相互作用の阻害剤は、薬として有望ですか。

大神田:14-3-3阻害剤としては今回私たちが報告したものが最も結合力が高く、生物研究ツールとしては利用価値があると考えていますが、薬となると話はそう簡単ではありません。
まず、選択性の問題があります。14-3-3は、がんや神経変性疾患にも関わっていることから創薬のターゲットとして注目されているのですが、実は7種類のアイソフォーム(少しずつ構造が違うたんぱく質)が働いています。それぞれのアイソフォームが異なる生物学的役割を担っているので、副作用を軽減するためにも、疾患に関わるアイソフォームを選択的に阻害する戦略が必要です。しかし、14-3-3の溝の形はアイソフォーム間で非常に高く保存されているため、この部分だけに結合するようにデザインされた阻害剤は、すべてのアイソフォームを阻害してしまいます。したがって、アイソフォームごとに選択的に阻害する作戦が今後の課題だと思っています。また部品の膜透過の機構解明、反応効率と安定性の改善などの検討が必要です。
いずれにしても、このように細胞内で中分子サイズの薬剤を発生させる部品集積法は、細胞内たんぱく質間相互作用に対する新しい創薬戦略になるのではないかと考え、ほかの系でも研究を進めているところです。

──研究で一番楽しいときは?

大神田:化合物をデザインしているときと、デザインが当たって作業仮説を支持する実験結果がパシッと出たときでしょうか。部品集積法は、超分子化学と医薬品開発の経験から生まれた単純なアイデアですが、研究を積み重ねて、多くの人に「使ってみようかな」と思ってもらえるような方法論に発展させるのが夢です。私は創薬に憧れを抱いていますが、大学の研究者が薬を創ることはとても難しい。部品集積法という新しいアイデアを世に提案することで創薬の役に立てれば、こんなに嬉しいことはないです。部品集積法によって可能になるたんぱく質間相互作用の制御は、生命現象の解明にも役立つはずです。

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

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