天然物ケミカルバイオロジー:分子標的と活性制御 - 文部科学省科学研究費補助金「新学術領域研究(研究領域提案型)」(平成23~27年)

ナノビーズで標的タンパク質を突き止め創薬へつなげる

東京医科大学 ナノ粒子先端医学応用講座 特任教授
半田 宏

ビーズテクノロジーとは

──半田特任教授は、計画班A01班の「分子標的探索と生物学的評価」の班長を務めるとともに、「ビーズテクノロジーによる標的探索と生物学的評価」と題した研究を進めています。ビーズテクノロジーとは?

半田:創薬では、薬剤となる化合物がどのタンパク質と結合しているのかを突き止めて、その機能を明らかにすることがとても重要です。化合物の標的タンパク質を探索する方法にはいくつかありますが、よく使われるのがアフィニティビーズと呼ばれる球状の物質を使った方法です。
ビーズの表面に標的を調べたい化合物をあらかじめ固定化しておき、さまざまなタンパク質と反応させます。ビーズを取り出し、結合しているタンパク質を質量分析装置で測定すれば、その正体が分かります。私が東京工業大学にいたときに、とてもパワフルなビーズを開発しました。

半田ビーズの誕生と進化

──「半田ビーズ」と呼ばれているものですね。どのような特徴があるのでしょうか。

半田:最大の特徴は、直径が200ナノメートルほどのナノサイズであることです。従来のビーズはアガロースという多糖を用いていました。直径は200マイクロメートルほどでした。直径が1000分の1になったことで、単位体積当たりの表面積は1000倍になりました。また、化合物とタンパク質は、結合したり離れたりを繰り返します。ナノビーズは比重が小さいので沈まず、分散性に優れているため、タンパク質と結合する頻度が高くなります。
その結果、ビーズに固定化した化合物に特異的に結合し、しかも、最も結合親和性の高いタンパク質を高効率で取り出すことができるのです。

──ビーズは何でできているのですか。

半田:非特異的なタンパク質が結合しない表面形状にする必要があります。そこで私たちは、200種類以上の材料でナノビーズを作成して特性を調べました。その結果、最も良かったのが、ポリGMA(グリシジルメタクリレート)と呼ばれる特殊な親水性ポリマーでした。
しかし、GMAには欠点がありました。弱く、ビーズを取り出すために遠心分離機にかけると壊れてしまうのです。そこで、スチレンとGMAの共重合体にしました。すると、強くはなるのですが、スチレンとさまざまなタンパク質が結合してしまいました。これでは使えません。
行き詰まったときは、問題を絞り込んで考えることが重要です。そうすれば、必ず道は開けます。必死に考えていると、スチレンとGMAの共重合体の表面をさらにGMAで覆うというアイデアが浮かびました。こうして、強いけれども非特異的結合がほとんどない、画期的なラテックスビーズ(SGビーズ)ができたのです。
有機溶媒に耐性があり変性も分解もしないので、有機溶媒中で化合物を固定化できるというのも画期的な特徴です。汎用性も高く、化合物だけでなく、DNAやRNA、タンパク質も固定化することができます。

──その後、磁性ビーズ(FGビーズ)も開発されています。

半田:ラテックスビーズは、遠心分離機で取り出さなければならないため、回収に人手と時間がかかります。そこで、回収作業を自動化できるようにと考えて開発したのが、磁性体であるフェライトのナノ結晶を内包した磁性ビーズです。
東京工業大学はフェライト発祥の地なのです。身近にフェライトがあり、その専門家がいるという環境だったからこそ生まれたアイデアです。フェライトのナノ結晶を内包する技術の開発にはとても苦労しましたが、磁石で簡単に回収することができる磁性ビーズが実現しました。

──それらのビーズは、すでに実用化されているのですね。

半田:多摩川精機から販売されています。大学や研究機関だけでなく、世界中の製薬企業でも使っていただいています。

──なぜナノビーズを開発しようと考えたのですか。

半田:当時のアガロースビーズを用いた方法では、標的タンパク質を取ってくる効率が非常に低かったのです。もっと効率的に、そして確実に標的タンパク質を取ることができれば、違う世界が見えてくるだろうと思いました。しかし、そういう方法はない。なければ、作るしかないですよね。

▼磁性ビーズ(FG)の模式図と電子顕微鏡写真
(多摩川精機株式会社webページ http://www.tamagawa-seiki.co.jp より転載)

サリドマイドの標的タンパク質を突き止め、催奇性のメカニズムを解明

──ナノビーズによって、どのような世界が見えてきましたか。

半田:最も大きな成果は、サリドマイドの標的を発見したことです。サリドマイドは、1950年代に鎮静催眠薬として販売されていましたが、妊娠中の女性が服用すると胎児に奇形が生じることが分かり、姿を消しました。その後、ハンセン病や多発性骨髄腫などの治療に有効なことが確認され、1998年から再び使用され始めています。私は、この稀有な薬であるサリドマイドに興味を持ちました。その標的タンパク質は分かっていなかったのです。
そこで、サリドマイドがどのタンパク質と結合するかを、磁性ビーズを用いて探索しました。その結果、サリドマイドがセレブロン(CRBN)というタンパク質と結合することを明らかにして、2010年に発表しました。
セレブロンは、ほとんど知られていないタンパク質でした。いろいろ調べて、タンパク質をユビキチン化する酵素、E3ユビキチンリガーゼの構成因子であることが分かりました。セレブロンは結合したタンパク質(基質タンパク質)に目印をつけ、そのタンパク質は分解されます。しかし、セレブロンにサリドマイドが結合してしまうと、本来のセレブロンの基質タンパク質以外のタンパク質が結合し、それが分解されることが分かりました。その結果、本来セレブロンに結合して分解されるべきタンパク質が、分解されずに蓄積していきます。それが奇形を引き起こしていたのです。私たちは、セレブロンが催奇性の原因因子であることも証明しました。

▼サリドマイドによる催奇性のメカニズム

──半世紀以上にわたって謎であったサリドマイドによる副作用のメカニズムを明らかにしたとして、世界から注目されました。

半田:この研究は、さらに発展を見せています。サリドマイドの構造を少し変えた類縁体ポマリドミドとレナリドミドが開発され、優れた抗がん作用を持つことから注目されています。私たちは、両薬剤ともにセレブロンに結合すること、するとセレブロンは本来とは異なるタンパク質と結合し、それが分解されることを明らかにしました。さらに、両薬剤が多発性骨髄腫の治療に対して効果があるメカニズムや、レナリドミドだけが骨髄異形成症候群の治療に対して効果があるメカニズムの一端も分かってきました。
セレブロンの機能を詳しく調べることで、副作用のないサリドマイド類縁体の薬剤を開発できる可能性があります。

サリチル酸やアスピリン、ビタミンKの標的探索

──この領域研究では、主にどのよう化合物の標的探索を行っているのでしょうか。

半田:1つは、サリチル酸です。サリチル酸は最も古い天然由来の薬剤ですが、標的タンパク質はほとんど分かっていませんでした、私たちは、サリチル酸の標的タンパク質を突き止め、サリチル酸の抗炎症作用のメカニズムの一端を明らかにしました。
アセチルサリチル酸(アスピリン)やビタミンKの標的探索も進めています。アセチルサリチル酸は鎮痛薬として古くから使われていますが、標的タンパク質に関する情報の大部分は分かっていないのです。

──古くから使われているありふれた薬であっても、その標的タンパク質を調べることは重要なのですね。

半田:標的タンパク質を突き止めて薬の効果や副作用のメカニズムを明らかにすることで、より効果が高く副作用の少ない薬の開発にもつながります。また、知られていなかった作用が見つかる可能性もあります。
この領域研究では、私たちのナノビーズを使って化合物の標的探索を行っている研究者がほかにもいて、多くの成果を挙げています。

天然化合物の難しさ

──この領域研究に参加することになった経緯は?

半田:領域代表である東北大学の上田 実さんが研究室を訪ねてきて、天然物ケミカルバイオロジーにはナノビーズの技術が必要だ、一緒にやりませんかと、声を掛けてくださったのです。最初は断ろうと思いました。天然化合物は、ほとんどやったことがなかったのです。それでも、上田さんのベーシックサイエンスをしっかりやろうという姿勢に共感して、参加を決めました。いろいろな人と出会う機会もあり、参加してよかったと思っています。

──天然化合物ならではの難しさはありますか。

半田:大きく、複雑なことですね。標的タンパク質の探索では、まず化合物をビーズに固定化する必要があります。天然物の場合、それが難しいのです。標的タンパク質が結合する部位を避ける必要があり、作用部位が分かっていないと、トライアンドエラーの繰り返しです。場所さえ分かってしまえば、日本の化学者の合成技術は非常にすぐれていますから、固定化自体は難しくありません。

サイエンスは個性とプライド

──半田ビーズは進化を続けているそうですね。

半田:最近では蛍光物質を入れた蛍光磁性ビーズ(FFビーズ)を開発しました。がんの迅速診断に役立つと期待しています。

──海外でライバルとなるようなビーズはあるのでしょうか。

半田:ありません。彼らにはこんな繊細なビーズは作れないでしょう。

──研究を進める上でのモットーはありますか。

半田:「サイエンスは個性とプライド」。学生たちには、「自分で考えろ、真似はするな」と、いつも言っています。そして、役に立つ仕事をしたいですね。私は、素晴らしい基礎研究は必ず応用展開できる、と確信しています。そのときに大事なのは、いかにベーシックサイエンスをきちんとやり、いかにオリジナリティを注入できるかです。
生命は奥が深い。私たちは生命に対して謙虚に接して、もっと頭を使わないと、それを理解することはできないでしょう。どうアプローチするか。それは研究者のアイデアにかかっています。

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

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