天然物ケミカルバイオロジー:分子標的と活性制御 - 文部科学省科学研究費補助金「新学術領域研究(研究領域提案型)」(平成23~27年)

細胞から異物を排除するメカニズムを8-ニトロcGMPから解く

東北大学 大学院生命科学研究科 教授
有本 博一

不要なタンパク質や細菌の排除機構オートファジーとは

──有本博一教授は、公募班で「細胞内分子の選択的分解に関する研究」と題した研究を進めています。どのような研究ですか。

有本:細胞には、不要になったタンパク質など自己の成分や、外界から侵入してきた細菌を取り除く仕組みがいくつか備わっています。その一つが、オートファジーです。私たちは、8-ニトロcGMP(8-ニトロサイクリックグアノシン一リン酸)という分子がオートファジーを誘導し、細菌の排除を促進させることを発見しました。また、8-ニトロcGMPには目印の役目もあり、それが表面に結合している細菌は優先的に排除されることも分かりました。現在は、それらのメカニズムを詳しく調べています。

──オートファジーでは、どのようにタンパク質や細菌を取り除くのですか。

有本:まず、タンパク質や細菌などが隔離膜で包み込まれ、オートファゴソームと呼ばれる小胞が形成されます。そのオートファゴソームとリソソームの膜が融合してオートリソソームとなります。そして、リソソームに含まれていた分解酵素によって、膜の中のタンパク質や細菌が分解されます。
オートファジーは、細胞内に異常なタンパク質が蓄積するのを防いだり、細胞の栄養状態がよくないのときにタンパク質をリサイクルして栄養源を確保したり、細胞内に侵入した細菌を排除したり、生命の恒常性維持のためにとても重要な仕組みです。
オートファジーは排除する対象を選ばないと考えられていましたが、10年ほど前から、特定のタンパク質や細菌を選んで排除していることが分かってきました。これを選択的オートファジーと呼びます。しかし、排除するものをどのように選択しているのか、その仕組みはあまり分かっていませんでした。

8-ニトロcGMPはオートファジーを誘導する

──そうしたなか2013年に、8-ニトロcGMPが選択的オートファジーにおいて重要な役割をしていることを明らかにしたのですね。8-ニトロcGMPとは、どういう分子ですか。

有本:8-ニトロcGMPは2007年に、当時は熊本大学で現在は東北大学大学院医学系研究科教授である赤池孝章さんのグループと私たちが、共同研究によって発見した細胞内の情報伝達を担っている分子です。cGMPの8位の炭素(C)に結合した水素(H)がニトロ基(NO2)に置換されています。

──8-ニトロcGMPがオートファジーと関わっていることは、どのようにして分かったのですか。

有本:8-ニトロcGMPを発見した後、この分子が何をしているのかを詳しく調べ始めました。まず、私は8-ニトロcGMPに蛍光タンパク質を付けたプローブをつくり、培養細胞に投与して観察してみました。すると、8-ニトロcGMPの分布がリソソームと一致していたのです。リソソームは細胞内分解を担っている小器官です。そこで、ふと、「オートファジーと関連しているのではないか」と考えたのです。確固たる根拠があったわけではありません。寝ても覚めても頭のなかが8-ニトロcGMPのことでいっぱいでしたから、偶然目にしたオートファジー研究と上手く結び付きました。
早速、8-ニトロcGMPを培養細胞に投与してみました。すると、オートファゴソームの数が増加しました。8-ニトロcGMPはオートファジーを促進させる働きがあると分かったのです。そこで、オートファジーにおける8-ニトロcGMPの機能を詳しく調べるために、細菌を用いた実験を行いました。

排除すべき細菌を見分ける「目印」としての8-ニトロcGMP

──オートファジーが排除する対象は多様です。その中で細菌の排除に注目したのは、なぜですか。

有本:私は、バンコマイシンという抗生物質の研究に長年取り組んできました。バンコマイシンは、耐性菌が出現し院内感染の原因になっているメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)治療の「最後の切り札」と言われている抗生物質です。そうした背景から細菌感染に馴染みがあったからです。当時は東京医科歯科大学で現在は京都大学大学院医学研究科教授の中川一路さんと共同研究を始めました。細胞に侵入した細菌がオートファジーによって排除されることを世界で初めて発見したのが、中川さんでしたから。
培養細胞にA群連鎖球菌を感染させ、8-ニトロcGMPを投与しました。すると、オートファゴソームの数が増加し、A群連鎖球菌の排除も進みました。8-ニトロcGMPにはオートファジーを誘導し、細菌の排除を促進させる働きがあることが、確かめられました。
さらに面白いことも分かってきました。8-ニトロcGMPがA群連鎖球菌の表面にあるタンパク質と結合していたのです。その結合は、8-ニトロcGMPのニトロ基がタンパク質のシステイン残基と置き換わったもので、「S-グアニル化反応」と呼ばれています。細胞質にあるA群連鎖球菌のおよそ半数がS-グアニル化によって8-ニトロサイクリックGMPと結合していますが、オートファゴソームで包み込まれたA群連鎖球菌では、その割合は90%以上になります。これらの結果から、8-ニトロcGMPが結合しているA群連鎖球菌が選ばれてオートファゴソームに包まれるのではないかと考えました。

▼S-グアニル化反応による8-ニトロcGMPとタンパク質の結合

──8-ニトロcGMPが、排除すべき細菌であることを示す目印になっているということですか。

有本:そうです。一方で、オートファジーによって細菌が排除される際には、ユビキチンという短いタンパク質の鎖が細菌に結合して排除すべきものを区別する目印となっていることが知られていました。8-ニトロcGMPとユビキチンの関係を明らかにする必要があります。
細菌とユビキチンとの結合を阻害すると、A群連鎖球菌は排除されなくなりますが、このときS-グアニル化は影響されませんでした。一方、S-グアニル化を阻害すると、ユビキチン化も起きず、A群連鎖球菌は排除されません。つまり、まずS-グアニル化が起きてA群連鎖球菌の表面に8-ニトロcGMPが結合し、次にユビキチンが結合するのです。8-ニトロcGMPは、排除するべき細菌の目印として、初期に働く重要な分子であることが明らかになりました。

▼8-ニトロcGMPによるA群連鎖球菌の排除のモデル
▼8-ニトロcGMPによるA群連鎖球菌の排除の蛍光顕微鏡写真
点線で囲んだ部分を左上に拡大。染色されていないユビキチン鎖は見えない。

神経変性疾患などの治療薬への応用も期待

──この研究成果は、生命科学分野のトップジャーナルの一つ『Molecular Cell』(2013年12月26日号)に掲載されました。

有本:オートファジーは、がんや神経変性疾患、感染症など、さまざまな疾患の発症と関わっていることから、今とても注目され、爆発的に発展している研究分野です。そうした分野で、8-ニトロcGMPを投与するとオートファジーが誘導されるという「現象論」だけではトップジャーナルに関心を持ってもらえません。8-ニトロGMPが結合した細菌が選択的にユビキチン化され、排除されるというメカニズムまで明らかにしたことが、掲載には重要でした。

──8-ニトロcGMPは、オートファジーと関連している疾患の治療薬の開発につながる可能性もあるのでしょうか。

有本:8-ニトロcGMPは、私たちの身体でつくられる内因性の化合物です。内因性という点が、非常に重要です。現在、感染症の治療では、私たちの身体ではつくられることのない抗生物質を投与して細菌を直接殺しています。8-ニトロcGMPの量を制御できれば、私たちがもともと持っている自然免疫機能を利用して細菌を排除できる可能性があるのです。
また、8-ニトロcGMPを感染症以外の疾患の原因タンパク質に結合させて、オートファジーによって排除してしまう。そんなこともできるのではないかと考えています。もちろん、そこに至るまでは、もう少し時間が必要です。

本当の意味でのケミカルバイオロジー研究を

──今後、どのようなに研究を進めていく計画ですか。

有本:8-ニトロcGMPによってA群連鎖球菌が排除される流れは分かってきました。次は、S-グアニル化を行う酵素を見つけたい。もし存在するならば……ですが。8-ニトロcGMPが結合していることを認識してユビキチン化する酵素の探索も大きな課題です。
また、8-ニトロcGMPによるオートファジーの誘導や排除の促進はA群連鎖球菌に特有なのか、ほかの細菌、さらにはタンパク質でも起きているのかどうかを確かめる必要があります。最近の実験では、8-ニトロcGMPはほかの細菌に対しても同様な働きをしていることを示す結果が得られています。
私は8-ニトロcGMPを題材に本当の意味でのケミカルバイオロジーをやりたいのです。

──本当の意味でのケミカルバイオロジーとは?

有本:天然物化学では、細胞増殖抑制など有用な生物活性があって医薬品の候補となる化合物の探索が行われてきました。これをケミカルバイオロジーに深化させていくうえで、私は二つの大きな課題があると考えているのです。
一つは、化合物の「活性」というアバウトな言い方です。例えば、抗炎症活性なんて言われると、何となく分かった気になりませんか? でも、その意味するところは、もっと奥深く、厳密な生物学の解析が必要です。得意でないからといって「○◯活性」という言葉で詳細にふたをして、それで満足していたら、いつまでたっても変わりません。「ケミカルバイオロジー」という言葉は、ケミカルがバイオロジーに掛かっています。つまり、化学者自身が、バイオロジーをやることが本質なんです。この新学域領域研究「天然物ケミカルバイオロジー:分子標的と活性制御」が重視している化合物の標的タンパク質決定も、バイオロジーへのたくさんの入口の一つという位置づけだと思います。
もう一つの課題は、これまでの天然物化学において、化合物をつくる生物と、化合物の作用を評価する生物が往々にして別であったことです。これからは、ヒトがつくっている内因性化合物に、もっと焦点を当てるべきだと思いますね。内因性化合物の研究はバイオロジーに直結できますし。
そうはいっても、化学者がバイオロジーの分野で生物学者と対等に勝負するのは容易ではありません。そういうジレンマを、この天然物ケミカルバイオロジーはずっと抱えていますが、それを打ち破りたいと思っています。

ノーベル賞級の二つのテーマ、一酸化窒素とオートファジーをつなぐ鍵

──8-ニトロcGMPの魅力は?

有本:細菌が感染すると、細胞がストレスにさらされてNOや活性酸素がつくられます。8-ニトロcGMPのニトロ基は、そのNOと活性酸素に由来するのです。そして、その分子がオートファジーと関わっています。
NOは生物にとって非常に重要な分子で、1998年にはノーベル医学生理学賞の対象となりました。オートファジーも近い将来、ノーベル賞の対象になるでしょう。8-ニトロcGMPは、ノーベル賞級のテーマであるNOとオートファジーの両方をつなぐ鍵だと思います。8-ニトロcGMPの研究は、今後も大きな発見につながる予感がしています。
「牛に引かれて善光寺参り」という言葉を知っていますか。私の研究スタイルは、まさにそれです。ケミカルバイオロジーや天然物有機化学では、どの分子に出会い、注目するかが重要です。私は、8-ニトロcGMPに出会い、それに導かれるまま、気が付いたらオートファジーに踏み込んでいました。これから先、どこにたどり着くのかも分かりません。それが楽しみです。

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

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