天然物ケミカルバイオロジー:分子標的と活性制御 - 文部科学省科学研究費補助金「新学術領域研究(研究領域提案型)」(平成23~27年)

天然化合物の構造を単純化し、副作用のない抗がん剤をつくる

京都大学大学院農学研究科 教授
入江 一浩

天然化合物は鍵束。鍵束をばらして有用な生理活性だけを取り出す。

──入江一浩教授は、A02班「天然物リガンドの探索と合成」において「抗がん剤開発を指向した新規PKCリガンドの創製と作用機構解析」と題した研究を進めています。どのような研究ですか。

入江:植物や微生物など生物は、多様な化合物をつくります。そのような天然化合物の中には生体内で特定のタンパク質と結合して有用な生理活性を示すものがあり、医薬品の候補として注目されています。しかし、一つの化合物が複数の生理活性をもつため、有用な生理活性がある一方で毒性もあり、医薬品になるものはそれほど多くありません。有用な生理活性を残し、毒性をなくすことができないか。それが、創薬を目指した天然化合物研究の大きな課題になっています。

天然化合物と標的タンパク質の関係は、「鍵」と「鍵穴」にたとえられます。しかし、天然化合物は複数の標的タンパク質と結合することが分かってきました。一つの化合物が質的に異なる複数の生理活性をもつのです。つまり天然化合物は1個の鍵ではなく、複数の鍵がまとまった「鍵束」と考えることができます。私たちは、鍵束をばらしたり鍵の形を変えたりすることで、有用な生理活性だけをもつ化合物をつくり出せるのではないかと考え、研究を進めています。

──鍵束をばらすとは?

入江:天然化合物は、とても複雑な構造をしています。その中から有用な生理活性に必要な構造だけを抽出する、つまり構造を単純化するのです。化合物の立体構造が変わることで標的タンパク質も変わることから、可動性を制限することも一つの方法です。一方で、必要な生理活性を保持した状態で合成を簡略化することは、機能指向型合成(Function Oriented Synthesis)と呼ばれています。

抗がん剤として注目されているPKCリガンド

──PKCリガンド、つまりPKCと特異的に結合する化合物の創製を目指しているとのことですが、PKCとは?

入江:PKCは、プロテインキナーゼCというタンパク質リン酸化酵素です。PKCは、細胞内情報伝達の中枢を担い、遺伝子発現や細胞増殖、分化、アポトーシスに関わっていることから、さまざまな疾患治療薬の標的として注目されています。

特に、PKCを異常に活性化すると発がんが促進されることが知られています。そのため、PKCの活性化を阻害することが重要な制がん戦略の一つとされ、PKCの活性を阻害する天然化合物の探索が行われてきました。PKC阻害剤は、アメリカでフェーズIIの臨床試験に進んでいるものもあります。

──入江教授が合成しようとしている化合物も、PKCの活性を阻害するものですか。

入江:いいえ、私たちはPKCを活性化する化合物に注目しています。PKCを活性化すると発がんが促進されると申し上げましたが、PKCを活性化するにもかかわらず、発がん促進活性を示さず、逆にがん細胞の増殖を抑制するユニークな天然化合物が見つかっています。フサコケムシという海洋生物由来のブリオスタチン1(bryostatin 1)です。アメリカでフェーズIIの臨床試験中ですが、実用化には大きな課題があります。ブリオスタチン1は天然からの単離収率が低く、1トンのフサコケムシから1 g程度しか取れません。また、全合成には最短でも約50段階の反応が必要です。そのため、安定的に供給することがきわめて難しいのです。

そこで、ブリオスタチン1の構造を単純化した化合物の開発が、スタンフォード大学のWender教授などによって精力的に行われています。がん細胞増殖抑制活性を保持した状態で構造を単純化することにより、全合成に必要な工程数を減らすことが目的です。すでに、Wender教授らのグループは、がん細胞増殖抑制活性がブリオスタチン1よりも高い化合物の合成に成功しています。ブリオスタチン1は今、抗がん剤研究で最も熱い化合物の一つです。

──入江教授もブリオスタチン1の構造の単純化に取り組んでいるのでしょうか。

入江:私たちの対象は、ブリオスタチン1ではありません。PKCと結合する天然化合物は、たくさん見つかっています。ブリオスタチン1に固執しなくても、ほかの化合物の構造を単純化することでも、がん細胞増殖抑制活性が高く、副作用のない抗がん剤ができる可能性があります。その合成がブリオスタチン1より容易であれば、実用化への壁も低くなります。

私たちが注目したのは、藻類由来のアプリシアトキシン(aplysiatoxin:ATX)です。ATXは発がん促進活性を示し、また不安定なこともあり、この化合物を研究対象にしている人は、今ではほとんどいません。しかし、ATXの構造はブリオスタチン1と多くの共通点をもっていることから、抗がん剤の候補として筋がいいと考えたのです。

発がん促進活性がきわめて低く、がん細胞増殖抑制活性が高い「10-Me-Aplog-1」

──ATXの構造をどのように変えたのでしょうか。

入江:ATXの側鎖のベンゼン環上には臭素原子が存在していますが、臭素原子が欠落したデブロモアプリシアトキシン(debromoaplysiatoxin:DAT)は、ATXより発がん促進活性が低いことが知られています。そこで、DATの構造から、不安定の原因となっている水酸基とメトキシ基をまず取り除きました。さらに、疎水性が高い方が一般に発がん促進活性が高くなることから、合成を難しくしているメチル基をすべて取って疎水性を低下させました。DATを裸にしたのです。すると、発がん促進活性はなくなり、がん細胞増殖抑制活性のみが残りました。これは、当時博士研究員だった中川優博士(現・名古屋大学大学院生命農学研究科准教授)のパイオニア的な仕事でした。ただし、この化合物のがん細胞増殖抑制活性はDATよりも明らかに低かったので、除いたメチル基を、1個ずつ戻していったのです。すると、10位の炭素に結合するメチル基を復活させたとき、非常に良い結果が得られました。その化合物が「10-Me-Aplog-1」です(図1)。

▼図1 デブロモアプリシアトキシン(DAT)の構造を単純化した10-Me-Aplog-1

──10-Me-Aplog-1は、どのような抗がん活性があるのですか。

入江:新学術領域研究「がん研究分野の特性等を踏まえた支援活動」の化学療法基盤支援活動班(矢守隆夫班長)に、39種類のヒトがん細胞に対する増殖抑制活性を調べていただいた結果、10-Me-Aplog-1のがん細胞の増殖抑制活性は、ブリオスタチン1やDATよりも高いことが分かりました(図2)。また、10-Me-Aplog-1のこれらのがん細胞に対する選択性(プロファイル)は、既存の抗がん剤とはまったく異なっていました(図3)。

次に副作用である発がん促進活性を調べるために、10-Me-Aplog-1をマウスの背中の皮膚に塗布する実験を行いました。DATや代表的なPKCリガンドであるホルボールエステル・TPAを1.7 nmolずつ週2回塗布すると、炎症が生じて、20週でほとんどのマウスに腫瘍が形成されました。一方、10-Me-Aplog-1は5倍量の8.5 nmolを塗布しても、炎症が認められず、腫瘍も形成されませんでした(図4)。

▼図2 10-Me-Aplog-1のヒトがん細胞増殖抑制活性(50%細胞増殖抑制濃度:GI50
▼図3 10-Me-Aplog-1、ブリオスタチン1、パクリタキセル、シスプラチンの26種類のヒトがん細胞株に対する増殖抑制プロファイル(MG-MIDはlog GI50の平均値を示す)
▼図4 10-Me-Aplog-1の発がん促進活性(マウス発がん2段階試験)

──10-Me-Aplog-1はなぜ、発がん促進活性を示さず、がん細胞増殖抑制活性が高いのですか。

入江:PKCにはアイソザイムといって、構造は似ているけれども機能が異なるものが7種類あります。DATは、すべてのアイソザイムに強く結合します。一方で10-Me-Aplog-1は、δ、η、θに結合しやすく、α、β、γ、εには結合しにくいことが分かりました。PKCαとPKCεは主に炎症や細胞増殖、がん細胞の悪性化に関与しています。PKCδは細胞周期の停止とアポトーシスの誘導に関わっています。こうしたPKCアイソザイムに対する高い選択性が、10-Me-Aplog-1の発がん促進活性がきわめて低く、がん細胞増殖抑制活性が高い理由の一つだと考えています。

がん細胞移植マウスでの抗がん活性試験を開始

──現在はどのような研究を進めているのですか。

入江:ここまでは培養細胞での実験です。実用化のためには、化合物をマウスなど生体に投与して毒性と薬物動態の試験をしなければなりません。それには十分な量の化合物が必要です。そこで私たちは、10-Me-Aplog-1の合成経路の最適化に取り組みました。当初は28段階の反応が必要でした。それを5段階ほど減らし、各段階の効率を上げることにも成功し、生体での抗がん活性試験に必要な数百ミリグラムを確保できるようになりました。大学院生の菊森将之君の驚異的な頑張りによるものです。

そして2014年6月、先ほど申し上げました化学療法基盤支援活動班のメンバーであるがん研究所の旦慎吾先生に、マウスの体内に10-Me-Aplog-1を投与する毒性試験を行っていただきました。

──毒性試験の結果は?

入江:10-Me-Aplog-1は、ATXの100倍も急性毒性が低いことが分かりました。そこで次の段階として、がん細胞株を移植したマウスに対して10-Me-Aplog-1を投与し、その効果を調べる試験を、旦先生の研究室で2014年9月から開始しました。まだ予備的な段階ですが、乳がん、肺がん、大腸がんの細胞株を皮下に移植したマウスにおいて、培養細胞に対する細胞増殖抑制活性を反映した抗がん活性が確認されています。引き続き、抗がん活性や薬物動態を詳しく調べていきます。

天然化合物の構造単純化による創薬開発のモデルケースに

──実用化までには、どのような課題がありますか。

入江:10-Me-Aplog-1の抗がん活性の機構を明らかにする必要があります。作用機序が明らかになっていないと医薬品として使いにくく、製薬企業も興味をもってくれません。10-Me-Aplog-1の活性は、PKCアイソザイムの選択性だけでは説明がつきません。PKC以外の標的タンパク質があると考えており、その標的タンパク質を突き止める計画です。

──天然化合物の構造の単純化は、創薬の新しい流れとなるのでしょうか。

入江:天然化合物は、ほぼ取り尽くされたといわれます。手元にある天然化合物を活かすためにも、構造の単純化は重要になっていくでしょう。しかし、今はまだ、試行錯誤しながら力づくで単純化している状態です。法則を導き出し、論理的にデザインできるようにする必要があります。10-Me-Aplog-1が、天然化合物の構造単純化による医薬品開発のモデルケースになれば、うれしいですね。

10-Me-Aplog-1の実用化までは多くの関門があり、すべて順調にいくとは思っていません。でも、簡単に諦めるつもりはありません。

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

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