天然物ケミカルバイオロジー:分子標的と活性制御 - 文部科学省科学研究費補助金「新学術領域研究(研究領域提案型)」(平成23~27年)

カイコ創薬が始まる(カイコを使って新しい抗生物質カイコシンを発見)

東京大学大学院薬学系研究科 教授
関水 和久

なぜカイコ?

──関水和久教授は、公募班で「新規リポペプチド系抗生物質カイコシンの標的同定」と題した研究を進めています。カイコシンとは?

関水:カイコシンは土壌細菌が生産する化合物で、黄色ブドウ球菌に有効な抗生物質です。カイコの幼虫を感染モデルとして用いて発見したことから、カイコシンと名付けました。

──カイコですか?

関水:そう、絹糸の繭をつくる、あのカイコです。

私は、黄色ブドウ球菌の増殖制御について研究をしていました。黄色ブドウ球菌は日和見感染症の原因菌であり、敗血症など死に至ることもある病気を引き起こします。黄色ブドウ球菌の特徴である病原性を調べるには、ヒトと同じ哺乳動物であるマウスに注射して感染させる方法が一般的です。しかし、哺乳動物への感染実験を行うには、病原性細菌などによる感染がないことが証明された動物(SPF動物と呼ばれます)と、病原性細菌などが外部に漏洩しないように対策を施した特殊な施設が必要です。それらには膨大な費用がかかるため、大学の一研究室で行えるものではありません。そこで、安価に簡単に、病原性の評価、さらには治療薬の効果を評価できる動物を探し始めたのです。10年ほど前のことです。

モデル実験動物としてよく使われているショウジョウバエや線虫も検討しましたが、それらは小さいので、顕微鏡下でガラス管を使って注射しなければなりません。不器用な私には大変です。そこで、普通の注射器が使える大きさで、安価に入手しやすい動物を探し、キンギョやミミズ、ナメクジ、カエル、グッピー、サソリなども試しました。サソリは、中国では食用に大量飼育されています。さまざまな動物を試した結果、カイコに行き着いたのです。

▼カイコ

カイコは細菌に感染し、抗生物質が効く

──昆虫のカイコが、ヒトの細菌感染や治療効果のモデルになるのでしょうか。

関水:皆さんによく聞かれます。まず、その動物が黄色ブドウ球菌に感染しなければモデルにはなりません。カイコは実験を始めた当初、いくら黄色ブドウ球菌を注射しても感染しませんでした。駄目かなと思い始めたころ、血液内に正確に注射すると感染することが分かったのです。しかも、抗生物質を投与すると、治療効果があることも分かりました。

さらに調べていくと、面白いことが次々と分かってきました。例えば、黄色ブドウ球菌感染症の治療に使われるバンコマイシンという抗生物質は、ヒトでもマウスでも経口投与では効果がなく、静脈内注射や点滴で投与する必要があります。カイコでも同じでした。さらに、体重当たりの治療有効量が、カイコとマウス、ヒトで一致しているのです。

カイコは感染と治療薬の評価モデルとして使えると確信し、研究を進めてきました。

──これまでカイコを使った研究は、されていなかったのですか。

関水:日本は養蚕が昔から盛んなため、大学の農学部ではカイコについて詳しい研究がされています。ところが自分でやり始めて驚いたのですが、医学部や薬学部では、カイコは研究対象としてほとんど使われていませんでした。

カイコには、卵や幼虫を養蚕業者から簡単に入手できて飼育がしやすい、体重がマウスの10分の1ほどなのでサンプル量が少なくてすむ、動きが鈍い、卵は数円で幼虫になるまで数十円と飼育コストが安い、欧米では馴染みが薄いなど、さまざまな特長があります。私は、こうした特長を持つカイコは新しい感染実験モデル動物として有用だと思ったのです。パスツールやコッホ、野口英世、北里柴三郎など近代細菌学の先人たちは、カイコがヒトの病原性細菌で病気になるとは考えなかったようです。

治療効果を指標に有用化合物を探索

──新しい抗生物質カイコシンは、どのように発見されたのですか。

関水:私たちは日本全国から収集した土壌から1万5千株の細菌を採取し、それらの培養抽出液を黄色ブドウ球菌に感染させたカイコに投与して治療効果を調べました。治療効果があった培養抽出液を精製した結果、見つかった化合物の一つがカイコシンです。

抗生物質の探索は、試験管に土壌細菌の培養抽出液と病原性細菌を入れ、病原性細菌の増殖阻害を指標に行うのが一般的です。しかし、その方法で見つかった抗生物質のうち、動物で治療効果が見られるものは0.1%以下です。探索段階で、治療効果を指標としたスクリーニングが必要なのです。

カイコのような無脊椎動物を用いて治療効果を指標として発見された新規抗生物質は、カイコシンが初めてです。カイコシンは、黄色ブドウ球菌に感染したマウスにも効果がありました。カイコの感染モデルが治療効果のある抗生物質の探索に有効であることが示されました。

──カイコシンは、黄色ブドウ球菌に対してどのように殺菌作用を発揮するのでしょうか。

関水:カイコシンの標的を同定し、黄色ブドウ球菌を殺すメカニズムを解明することが、この班研究での目標でした。そして最近、カイコシンの標的の同定に成功しました。カイコシンの標的は、黄色ブドウ球菌の表面にあるメナキノンでした。カイコシンは、メナキノンに結合し、黄色ブドウ球菌の膜を破り、菌を殺すのです。

これは、これまでの抗生物質にはない、まったく新しいメカニズムです。現在、院内感染で問題になるMRSAなど、抗生物質に耐性を持つ黄色ブドウ球菌が出現しており、新しいメカニズムで働く新規の抗生物質が待ち望まれています。カイコシンは、バンコマイシより治療活性が高いことも確かめられています。ぜひ、カイコシンを臨床で使われるところまで持っていきたいと考えています。

──カイコシンが臨床で使われるために、今後やらなければならないことは何ですか。

関水:カイコシンが黄色ブドウ球菌の表面にあるメナキノンに結合した後、どのように細菌の膜を破るのかは、まだ不明です。そのメカニズム解明と、毒性がないことの検証が、臨床応用には不可欠です。

▼カイコシンの推定される作用メカニズム

カイコによって創薬を変える

──カイコは感染モデル以外にも使えるのでしょうか。

関水:私たちヒトにあって、カイコにないものって何でしょうか。カイコには脳も神経も筋肉も、肝臓や腎臓、消化管に相当する臓器や組織もあります。ないものと言えば、赤血球、骨、抗体による免疫機構くらいです。骨粗しょう症のモデルはできませんが、ヒトがかかるほとんどの疾患のモデルをカイコでつくることができるでしょう。

例えば、ブドウ糖を加えた餌をカイコに与え続けると、血糖値が上がります。しかも、糖尿病の治療に使われるインシュリンを投与すると血糖値が下がります。カイコは、糖尿病に対して治療効果のある新しい化合物の発見にも役立つと期待しています。

──カイコを使った新しい創薬ですね。

関水:現在は創薬の過程で、治療効果や毒性を調べるためにマウスなどの哺乳動物がたくさん使われています。それに膨大な費用がかかることが、大きな問題となっています。また、たくさんの哺乳動物が実験に使われていることについて、動物愛護の観点から見直しが求められています。カイコを用いることで、費用的な問題も倫理的な問題も解決するでしょう。

しかし、まだ「カイコなんて……」と思っている方が多いのが現状です。「カイコは病態や治療効果のモデルとして使える!」と皆さんに認めていただく必要があります。そのために、成功例がまず一つ欲しい。それが、カイコシンの臨床応用です。

しかし、大学の研究室でできることには限界があります。私たちは、ベンチャーであるゲノム創薬研究所でカイコシンの製品化を目指した研究を進めています。製薬会社との共同開発の道も探っています。

カイコを用いて発見したカイコシンによって患者さんが救われる。それが、私のゴールです。

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

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